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オノデラ、高校辞めるってよ

18歳、メンヘラフリーターのブログ

僕らが「死にたいな」と思うのはヒマだからじゃね?

人生

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「死にたいな」って思うことありますか?

「死にたい」と感じたことは、この18年で何度あっただろうか。

模試でしくじったときやフラれたとき、寝坊してバイトに遅刻したとき。学校に行けなかったときも、死にたいと思ったなぁ。最近だと、名の知れたいい大学に同級生たちが進むのを知って死にたくなった。

 

日常にありふれていることやそうでないこと、端から見ればなんてことないことにさえも感傷的になってお得意の「死にたい」が口をつく。自分だけではなく、そんな風なことを経験したことは多くの人にあると思う。それを表に出すか、ひたすら隠し通すかは別としてもね。

 

以前、コミュニケーション能力の塊みたいな奴が「死にたいな」って呟いたのを聞いたときは、なんとも言えない気持ちになったのを覚えている。この感情は、もしかしたらどんな人でも感じ得るのかもな。

 

それはさておき、僕はついさっきまで死にたかった。いや、別に自ら命を絶とうとかしんなんじゃないから落ち着いて聞いてくれ。死にたいと思ったその原因は、とにかくヒマだからだ。そこで自分の中でひとつの仮説が立ったので文字に著しているわけです。

 

僕らが「死にたいな」と思うのはヒマだからじゃね?

 

”ヒマ”に殺されていませんか?

みなさんは、自分の生活スタイルにヒマを意識的に設けていますか?

 僕は、ヒマを作らず働いて遊んで勉強もして、身体がSOSを出したらまとめて休もうってスタンスで生きております。そんなんだから、単位落としたんですけどね☆

 

▼単位を落とした話はこちらから!

tax36.hatenablog.com

 

そんなんだから、SNSで「ヒマすぎて死ぬ~」ってツイートしている女子高生に対して腸が煮えくりかえるような感情を持っていました。だって、考えてみてください。そんな時間があるなら、読書や勉強すりゃよくない?そのツイートする数十秒でさえもったいないと思っていました。その結果、こんなツイートして何人かにブロックされました。さすがに失笑モンです。

 

 しかし、今日僕は「ヒマすぎて死ぬ」を経験しました。

 

5連勤が明け、久々の2連休にもかかわらず天候はあいにくの雨。出かけるのも億劫で、昼過ぎまで寝ていました。シャワーを浴びて、メシを食いながらボケーっとしていました。映画やドラマをみても頭に入ってこない。読書しても、目が文字を追いかけられない。

 

そうなるとあとは時間を持て余すばかりです。そのうち、ある感情がふと頭をよぎるのです。「死にたい」、と。

 

そのとき、僕は初めて気づきました。「ヒマすぎて死ぬ」は本当にあるのだと。

 

ヒマに打ち勝てば死にたくなくなる?

「ヒマすぎて死ぬ」が本当にあるということには納得した。しかし、性格の悪い僕はこう考えました。

 

ヒマをなくせば死にたいと思わないのでないか。

 

確かに、最近の僕のストレスを解決する手段は”とにかく働く”ことだった。ヒマが出来ないようにスケジュールを組めば、死にたいと思うことも無かった。「死の恐怖」から逃れるためには、とにかくアクションを起こすしかないのではないか。

 

それが、仕事であれ勉強であれ、何かに打ち込んでいるあいだは「死にたい」と思う余地すらなくなる。反対に、「死にたい」と思ううちは自分はまだ本気になれていないのだと僕は考えた。

 

確かにここ数日は、残業後に遊んで日が変わってから帰宅することも少なくなかった。その結果、ブログの更新もできず、読書量も減った。勉強だってしていない。

 

この「遊び」だって自分が本当に望んだことではないので、自分はヒマにカテゴライズする。

 

ここで気持ちを切り替え、やりたい事に集中しようと思います。「死にたい」と思うヒマがないほど、打ち込みます。生き急いでるって言われたって構いません。

 

オチのない話になってしまったが、ようは明日からも頑張りますということです^^